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zoom RSS 4月18日の山■穂高上空1991

  作成日時 : 2011/04/05 02:20   >>

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●テレビ朝日の夜の番組・ニュースステーションで夏に「北アルプス大縦走」という企画が進行していました。早大山岳部OBのディレクター・大谷映芳さんのサポート要員となっていくつかの仕事をしましたが、これは穂高の山小屋の小屋開け作業の取材。
●取材陣は荷揚げのヘリに無料便乗させてもらうのですが、ついでにちょっと時間をもらってヘリで北アルプス上空での360度パノラマ撮影(ムービー)を頼み込みました。機体は山岳遭難救助で活躍する東邦航空の「ラマ」(アエロスパシアルAS315BアルウェットIII)という神話的超高性能ヘリコプター。後で思いの外高額の請求書が送られてきましたが。

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▲itokoji 1991.4.18-101
坂巻温泉から少し下った梓川の河川敷に燃料のドラム缶を並べて臨時のヘリポートが作られていました。涸沢周辺の4つの山小屋が合同でヘリ輸送。機体は山岳救助に絶対的な性能を誇る「ラマ」。

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▲itokoji 1991.4.18-104
「ラマ」はコックピットを簡単に覆っただけのシンプルな機体で、涸沢周辺への荷揚げなら600kg〜800kgをつり上げるといいます。

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▲itokoji 1991.4.18-106
雪に埋もれているのは涸沢ヒュッテ。第一陣のスタッフが小型の除雪機とともに降りて、小屋あけの通路を開いていきます。

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▲itokoji 1991.4.18-107
涸沢ヒュッテは過去に雪崩で破壊されたこともあるといいますが、さもありなんという感じがします。小屋への入口が開かれると、女性スタッフも送り込まれて、炊事もできるように内外同時に小屋あけがすすめられます。

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▲itokoji 1991.4.18-111
夏の登山シーズンにはほとんど毎日空輸のヘリが飛んでいます。これによって山小屋経営は集客数が大きければ大きいほどサービスもよく、利潤も大きいというビジネスモデルに転換しました。

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▲itokoji 1991.4.18-113
北穂高岳とその麓にある涸沢小屋。わかりますか?

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▲itokoji 1991.4.18-114
涸沢小屋の広いデッキのところにヘリが荷物を下ろしています。

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▲itokoji 1991.4.18-120
涸沢ヒュッテからパノラマコースの方向へ少し登りました。テレビの撮影はこんな感じ。使うか使わないかわからないまま取材は進みます。

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▲itokoji 1991.4.18-122
一番高く見えるのが奧穂高岳、右に涸沢岳が見えています。最低鞍部のところに穂高岳山荘があります。そこから下にぶら下がっているように見える岩尾根がザイテングラード。

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▲itokoji 1991.4.18-127
北岳と2m差で日本第3位に甘んじている穂高連峰の盟主・奧穂高岳。こんなふうに「みんな仲良し」的に見えているのですから、地形図が作られるまで名前がなかったというのもうなづけます。

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▲itokoji 1991.4.18-134
便乗取材の帰りです。ヘリは屏風のコルを飛び越えて横尾の少し下流に出ると、梓川に沿って下ります。右下に河童橋がちらりと見えています。

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▲itokoji 1991.4.18-203
「ラマ」は軽トラックにスポーツカーのエンジンを積んだようなヘリコプターだそうで、高度12,000mというとんでもない記録をもつブッ飛びマシンなのだそうです。気流の悪い山岳救助活動で華々しい活躍をしているのはそのためです。

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▲itokoji 1991.4.18-205
座席は4つ。コンパクトです。給油はドラム缶から手回しで。昔ビルマ(現ミャンマー)の地方空港でフレンドシップ機に手回し給油していたのを見たことがありますし、ユーコン川では着水したセスナ機をパドリングで岸に着け、ポリタンをもってガソリンを買いに行く人を見たことがあります。飛行機は案外簡単に飛べるのです。

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▲itokoji 1991.4.18-209
さて今度は「高度4,000m」で「グルっとひとまわり」という有料飛行です。往路と同じく明神岳を左手に見て梓川をさかのぼります。この写真では明神岳と前穂高岳が重なっています。たわんでいる稜線が吊り尾根。左側の谷は岳沢です。

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▲itokoji 1991.4.18-220
再び涸沢へと入っていきます。涸沢カールの全体が見渡せます。涸沢ヒュッテも見えています。

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▲itokoji 1991.4.18-223
もう一度涸沢ヒュッテ。となりの山岳補導所のところにも人影があるように思えます。ゴールデンウィークにはその周辺に色とりどりのテントが花開きます。ここに降りたわけではありません。ここから上昇に移ります。

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▲itokoji 1991.4.18-306
槍ヶ岳を見下ろす高度になりました。上昇には、けっこう時間がかかるという感じがしました。

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▲itokoji 1991.4.18-309
広角レンズで撮ってみると、手前に張り出している東鎌尾根とその下の槍沢がよく見えます。槍沢ルートは雪崩の巣で、後に槍岳山荘(現・槍ヶ岳山荘)を建てる穂刈三寿雄は槍沢ルートでの雪崩に悩まされます。それに対して東鎌尾根に喜作新道が開かれのです。大正時代のことですが。

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▲itokoji 1991.4.18-313
北アルプス北部の眺めです。黒部湖が見えます。その左側が立山〜劔、右側に白くそびえているのが鹿島槍〜五龍〜白馬と続く山域です。

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▲itokoji 1991.4.18-321
南に目を向けると曲線を描く吊り尾根があります。その左手が前穂高岳、右手が奧穂高岳。右手前のとんがり峰が北穂高岳。下に涸沢ヒュッテのふくらみが見えています。

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▲itokoji 1991.4.18-401
明神です。梓川に吊り橋が架かっています。その手前の赤い屋根は「山のひだや」。そのさらに手前に黒々と見えるのが明神池。穂高神社奥宮と嘉門次小屋は林に隠れています。明神橋を渡った奧にある青い屋根が明神館。

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▲itokoji 1991.4.18-409
河童橋とその周辺。写真上部の四角い空間が上高地バスターミナル。

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